東京渋谷建築めぐり(塔の家・ワタリウム美術館)

昭和から平成にかけてのキラリと光る名建築が、渋谷には幾つか存在している。建築は芸術か否かという難しい問いに、現在の表参道からは答えを見つけることはなかなか難しいが、いくつかの建築は何かの答えを導いてくれる。

塔の家

言わずと知れた昭和の名建築である。
建築を学ぶ人にとっては、安藤忠雄の「住吉の長屋」と並ぶ、都市型住居の金字塔として、必ずと言っていいほど勉強する建築である。私も学生の時はずいぶん図面や写真でいろいろ勉強したことを思い出す。

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建物は建築家・東 孝光氏の自邸(事務所)である。

約6坪の狭い土地に、縦に縦にと伸びて地上5階・地下1階の塔状の建物となる。各階ごとに機能が詰め込まれ、玄関以外にトイレや浴室にも扉がなく、間仕切りもない、吹き抜けの空間と、階段による極小空間である。また小幅板によるコンクリート打ち放しの荒々しさ。
こんな感じで建築関係者にとっては、ある種の神話的な建築となった。このあたりは建築の勉強でもよく学ぶことだ。

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さて、僕の専門として構造的な側面からも観察してみよう。建設年である1966年(昭和41年)頃は、東京オリンピック(1965年)も終わり、いざなぎ景気が起こり始めた年で、いわゆる新三種の神器として車、エアコン、カラーテレビが普及していき、日本経済が大きく発展を遂げる年となっていく、高度経済成長時代に突入していく。そんな時代であったそうだ。

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この建物は鉄筋コンクリート造壁式構造である。1966年には生コンのJIS認定工場が全国でも182工場が表示許可を受けたそうだ。時代背景として、一般住宅ではあまり考えにくいが、使われたコンクリートはもしかしてJIS工場製品だったかもしれない。
それよりも何よりもこの荒々しさ。そして現場での型枠の叩きなど、泥臭い手仕事の跡が、構造躯体の形跡から見て取れるところが、僕にとってのこの建築の魅力でもあると思う。

ワタリウム美術館

キラー通りを南青山三丁目の交差点から散策してみると、ここでは1960年代からの名だたる名建築を目にすることができる。

梅窓院(隈研吾/2003)から始まり、ベルコモンズ(黒川紀章/1976)→大東京信用組合(安藤忠雄/1985)→ブラジル大使館(ルイオオタケ/1983)→原宿教会(アンリ・ゲイタン+金古文子/2005)→原宿幼稚園(アンリ・ゲイタン+金古文子/1998)→ワタリウム美術館(マリオ・ボッタ/1990)→堀内カラー(竹山聖/1997)→塔の家(東孝光/1966)→→→・・・・

東京にはこんな名建築が建ち並ぶ通りがほかにも幾つかあり、地方の田舎者から見ても、時代を先取りした先進的な都市であることが伺える。

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ワタリウム美術館はスイスの建築家 マリオ・ボッタによる設計の美術館である。塔の家から約20年後の1985年から建築の計画が始まったということである。マリオ・ボッタを設計者として選定した時点で、すでに高い芸術性を建築に求めていたことが見て取れる。構造体に注目してみると、この建物の床構造が特に興味深く、ワッフルスラブを用いたデザインとなっており建物を印象付けていると思う。

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キラー通りを散策してみると、ここでは紹介しつくせないが、とても素晴らしい世界が広がっていた。僕たちのように建築を志す者にとってみたら、この通りを散策しただけで知識レベルが1段アップしたように錯覚してしまう。

そんな渋谷の散策でした。チャンチャン。